雪が舞っていた。

 晴れているでも無く、かといって天気が悪いとも言えない中途半端な空を見上げながら、彼は白い息を吐いた。

 こんな寒い日は、どうしても思い出してしまう。

 父が死に、自分の人生が望んだわけでも無いのに大きく狂ってしまったあの日のことを。

 ふと足下を見れば雪がまだらに降り積もり、これもあの日と一緒だった。

 「寒かっただろ。どこかで暖かい紅茶でも飲もうか」

 「はい」

 傍らの見上げなければならない高さから降り注ぐのは彼を慈しむ声。

 この声を初めて聞いてから、もう七年にもなることにふと彼は気がついた。

 まだ一六年しか生きていないが、彼はいくつかの忘れられない光景がある。

 そのうちの一つが、傍らの彼と初めて会った時のことだ。

 母も疾うに亡く、父親も亡くし、両親共に縁薄い生い立ちだったのか誰が彼を引き取るのか困りあぐねていた時、ただ一人手を差し伸べてくれたその時のこと。

 「頼りないけど、僕のところに来る?」

 彼の笑顔は、まるで暗闇を照らす光のように鮮やかな記憶だった。

 思えばあれが、彼に恋に落ちた初めての瞬間だったのかもしれない―――…ふと御剣は成歩堂の横顔を見上げてそんなことを考えた。

 だがそれに気がついたのは最近のことだ。

 それまで成歩堂は御剣にとって、年の離れた兄のような、そして法的には未成年後見人選任された、いわゆる保護者だった。

 それがどうしてこうなってしまったのかといえば、秋も終わり、冬のはじまりを告げる嵐のような風が吹き荒れるようになった一年前の十一月の終わりまで遡らねばならない。

 その夜は、その年初めての雪がちらつく寒い夜だった。

 御剣は父が死んだ時期は精神的に不安定になることが多く、この日もそうだった。

 悪夢に魘され飛び起きたところを成歩堂が抱きしめ、落ち着くまで背中を撫でてくれたのだ。夜が白むまで、何時間も。

 そして何とか人心地ついたころ、彼は小さな頃と同じように眦にキスをしてくれた。安心するように、おまじないと。

 ただそれだけの事だったというのに、あの時心臓が一瞬止まって、それから勢いよく鳴り出した。

 顔が熱くて、混乱のなかでもこぼれる涙の意味が急に変わったと気づいてしまった。

 それが、御剣の恋を自覚した瞬間だった。

 しかしそうだと分かった瞬間、この感情はひた隠しにせねばならない種類のものだと言うことも同時に分かってしまった。

 理由はとてもシンプルだ。

 とても、この想いは叶いそうに無かったから。

 

 成歩堂にとって、御剣は養育すべき子供である。それこそ九歳の頃からずっと一緒だった。

 実子がいない彼にとって、御剣は今のところ限りなく我が子に近い存在だろう。

 義理とはいえ、親が子にそんな感情を抱くだろうか?

 答えはノーだ。

 成歩堂は御剣を我が子のように思っていても、しかし御剣は成歩堂と父として見ていなかった。だから恋をしたのだ。

 さらに同性であるという点も加味すれば、とても叶うあては無かった。むしろ嫌悪されたり拒絶される方が公算としては大きい。

 だから御剣はこの想いが間違いであると、勘違いであるようにと神に祈ったが、想いを寄せれば寄せるほど彼の言動や考え方がとても好ましいものだと感じるようになり、ますます隣にいることが心地よくなる。

 そして、彼が見せる微笑みや分け与えてくれる慈しみにますます恋心は深まるばかり。
 とても残念だった。

 あのまま、親と子にも似た穏やかな関係でいられたら、どれだけ幸せだっただろう。

 しかし一度かたち作られた想いは壊れること無く心の中に大切に、大切に守られたまま。

 だが、思えば一方通行に過ぎない思いというのは沢山ある。
 この世界は、きっとそんなものが溢れている。
 誰もがそれを受け止めてもらえるとは限らない。

 消えていくしか無いものだってあるのだ。

 こうして、秘めなければならないものも。

 胸はずきずきと切り裂かれるように痛むが、それは我慢できないほどの痛みでは無い。